日本の高齢者の学習目的や学習意欲に関する調査や研究は従来から多くみられるが、高齢者が仕事で生かせる資格や技術を習得するための学習を提供する側の教育機関に関する研究は必ずしも多いとは言えない。
本稿では、学習機会の提供者としての4つの遠隔教育機関を研究対象とし、学習者が自主的に学習ペースを選べるこれらのオンライン大学のシラバス内容をデータベース化して、テキストマイニングツールを使って分析を行った。
日本の定年後の高齢者は、一般的に定年後も雇用継続を希望しているが、同一企業での再雇用などで、高齢者が第一に不満に感じるのは収入の大幅な減少である[1]。高齢者の就業意欲と実際の収入のギャップを埋めるための行動として、キャリアや能力アップのための学習である「投資学び」を行うことが考えられる[2]。 しかし教養を深め、趣味を楽しむための「消費学び」と異なり、キャリアアップのための学習には、これまでは多大な時間と労力が必要であった。ところが近年米国を中心にMOOCsなどオンラインを活用した教育の登場で、誰でも安い費用で自分のペースで必要な学習を行える環境が整ってきており、日本でも同様の動きが活発している。
[1]笠井恵美「定年後の雇用におけるモチベーションに関する要因の探索」論文集 Works Review vol.7 リクルートワークス研究所(2012)
[1]兵藤郷「シニアの学び行動の考察と定年後のキャリア形成―大学院の可能性―」同上
オンライン大学として、我が国の生涯教育の代表的な存在である放送大学、及びBBT大学、サイバー大学、八洲学園大学を研究比較の対象とした。研究対象とした4大学の学生数と年齢構成は以下のようになる。
尚、放送大学以外は各大学ともWebで毎年の学生内訳を公表していない。
表1.学校別学生数・年齢構成
大学名 学生数 >50歳(%)
放送大学 81,616(在) 41
BBT大学 232(入) 6
サイバー大学 1,079 (在) 10
八洲学園大学 90 (入) 17
(在)は在学生、(入)は単年度入学生
各大学は全てWeb上にシラバスを公開しているため、データ採取はWebから行い、それをテキストデータへと変換し,データベースを作成した。
具体的には、放送大学のデータベース作成は放送大学ホームページのシラバスを開いて一科目ごとに内容をテキストファイルへコピーした。BBT大学、サイバー大学、八洲学園大学のシラバスも同様の手順でデータベース作成を行った。但しBBT大学とサイバー大学は毎回の授業内容の具体的記載がなかったので、放送大学に比較してデータベースの容量は小さくなった。文字コードはShift-JISへ変換し統一した。八洲学園大学については、データは全てPDF化されており、それを一旦Open Officeにペーストし,その後Shift-JISへの変換を行った。
もともとUTF-8で保存されていた文字をShift-JISへの変換処理を行うと文字化けが発生した場合があった。この際には、データベースの内容を各行ごとに見ていき、文字化けの原因となりそうな半角記号の除去を行った。
このように収集したデータ量は、以下のようになった。
表2.各大学のシラバスのデータ量
大学名 総語数
放送大学 265,042
BBT大学 15,247
サイバー大学 6,178
八洲学園大学 78,797
分析には、KHcoderを利用した。KHcoderは立命館大学の樋口准教授が開発した、テキスト型データを統計的に分析するためのソフトウェアである。データ作成に際して、例えば放送大学のデータベースでは<H1>放送大学</H1>、<H2>情報コース</H2>、<H3>自然言語処理</H3>のように階層別にタグ付けを行った。
データの分析としては、まず放送大学のシラバスデータベースの共起ネットワーク分析を行った。共起ネットワーク分析では、相互に関係深い語がお互いに線で結ばれる。
放送大学には様々な教科が含まれており、各教科及び各コースの特色をできる限り排除して分析を行った。そのためデータベース内の最低出現語数を250語と多い目に設定し、分布語数を45語として、各教科共通の特色が現れやすいように工夫した。
放送大学の分析では頻出語が「理解」「考える」であることから、まず教科内容を理解してそして考える姿勢を学ぶことを重視していると推察される。次に「社会」という語が同様に頻出していることから「理解」し「考える」対象が「社会」と関連していると推察される。これは放送大学の学生の半数近くが50歳代以上であり、社会人経験の豊富な学生が多いことと関係があると推察される。シラバスの内容が生涯学習と深く関連しているのかもしれない。
次に、BBT大学のシラバス分析を行った。
BBT大学のデータベースは、放送大学と比較して容量がかなり小さいため最低出現語数を20語とし、分布語数を53語として分析した。
BBT大学は大前研一氏が創立した大学であり、シラバス内容にも大前氏の教育方針が色濃く反映されている。「企業」「ビジネス」「経営」「戦略」などの言葉に企業経営を強く意識した教科内容が窺える。また頻出度は低いが、「中国」「日本」といった国際分野を示す言葉が見られる。基本的には「技術」や「スキル」の「習得」に力点を置いた教育がなされているものと考えられる。
さらに,サイバー大学のシラバス分析を行った。
サイバー大学はソフトバンク株式会社が設立した大学であり、シラバス内容にはICTに関連した語が多くみられる。BBT大学と同様にデータベース容量が小さいため、最低出現語数を13語とし、分布語数を38語として分析した。シラバスの特徴は、BBT大学と同じく「企業」を中心とする教科内容であることと、「情報」「技術」「システム」に「インターネット」や「開発」などの実務家関連の語が多く使われていることである。
最後に八洲学園大学のシラバス分析を行った。
八洲学園大学のシラバスデータベース分析では、他大学との比較のため、最低出現語数を70語、分布語数を49語とした。
八洲学園大学のシラバスの最頻出語は「社会」である。これが「教育」や「生涯」という語を経て、頻出語である「学校」や「図書館」に繋がっている。図書館や博物館に関連した学習によって社会に密着した教育を意図していると推察される。
これまで各大学のシラバス内容を見てきたが、それぞれの大学の立ち位置を比較するため、4大学シラバスの対応分析を行った。
4大学のデータベースの内容量に大きな差異があるが、最低出現語数はデータベースが最大の放送大学に合わせて250語とし、分布語数は71とした。
対応分析では相互のデータの相関関係を下記のような二次元の図で表す。相互に関係の深いデータの距離は近く、データ間の共通性のある語は座標の(0,0)近辺に集まってくる。
この分析ではBBT大学とサイバー大学の間に相関関係がみられる。放送大学の語は座標の(0,0) を中心に広がっており、4大学に共通する、教育の基本的な部分をシラバス内容に多く含むものと思われる。
ここでBBTとサイバー両大学に共有している語を見ると、「経営」「理解」「戦略」といった、企業経営や戦略に関する部分である。
研究対象の4大学のシラバスにおける「投資学び」が占める割合を知るために、KHCoderのコーディング分析機能を用いた。これは、いくつかのキーワードをもとに各大学のデータベースに占める「投資学び」の割合を表すものである。「投資学び」のキーワードとしては、「放送大学大学院在学生の調査報告書[3]」を基に「投資学び」に関する質問の中からキーワードを抽出した。
「投資学び」キーワード
学ぶ、将来的、仕事、役立つ、活かす、資格、学位、学習、認められる、独立、開業、転職、勤務先、処遇
向上、昇給、昇進
これらのキーワードを使って分析した結果から、BBT大学とサイバー大学のシラバス内容に占める「投資学び」の割合は同じ程度に大きいことがわかる。
八洲学園大学のシラバスは「投資学び」の要素を含んでいるが、前の2大学ほど明確な特色を出すには至っていないように思われる。
放送大学のシラバスは「投資学び」要素が少なかった。データベース容量の違いが主因と推察される。
以上の4大学のシラバス分析からは、BBT大学とサイバー大学では、「投資学び」の観点で、授業内容の編成が行われたことが分かった。八洲学園大学のシラバスもある程度「投資学び」の要素を含んでいる。
放送大学でも情報コースの新設等で、ICTに関連した「投資学び」の要素を増やす取り組みが展開されている。今後は生涯教育において「投資学び」がどのように取り入れられるかを研究する予定である。
[1]笠井恵美「定年後の雇用におけるモチベーションに関する要因の探索」論文集 Works Review vol.7 リクルートワークス研究所(2012)
[2]兵藤郷「シニアの学び行動の考察と定年後のキャリア形成―大学院の可能性―」同上
[3]兵藤郷「放送大学大学院在学生の調査報告書」論文集Works ReviewVol.7 リクルートワークス研究所(2012)