東洋経済新報社主催の「LIFE SHIFT2発売記念」オンラインイベントを視聴する機会が
ありました。
前作のライフシフトは読みましたが、「柳の下の二匹目のドジョウ」を狙った(失礼)今回はどのような内容かに興味があったので、約一時間のイベントを視聴しました。
(半分は英語の練習です 笑)
著者のリンダ・グラットン教授とアンドリュー・スコット教授は、若い世代は人生100年を生きることが現実的と捉えていて、それを前提に古い世代とは考え方と人生の選択肢の選び方が全く異なることを指摘していました。
特に、スコット教授は自分がこの本を書こうと思った動機は、自分の子供たちが(人生の経験豊かである)自分のアドバイスを全く無視していることは何故なのかと不思議に思ったからと言っていました。
2人の話を聞いていて思い浮かんだのですが、塩野七生著「海の都の物語」の一場面に似たようなエピソードが出てきます。(記憶ベースですので、間違っているかもしれませんが 笑)
国難を迎えたベネチアに、経験豊かなドーチェ(国家元首)が死去してしまいます。
その時ベネチア国民は、国難を乗り切るには経験が浅そうな若い人物を次のドーチェに
選びました。その理由は「彼の人生はまだまだ長い。今回の国難の後に来るだろう、様々な危機の解決も踏まえたうえで、長期の視点から今回の国難に当たってくれると信じて選んだ」です。
作者は、海の都ベネチアが1000年もの間、都市国家として継続できた理由の一環として
このエピソードを上げています。
確かに自分の将来に待ち受ける出来事を想像するのに、あと5年持続すればよいと考えるか、あと50年は持続しなければならないと考えるかでは、思い浮かぶ選択肢の数とその選択肢を選ぶ基準は全く異なるでしょう。
このイベントに日本代表(?)として登場した30代半ばの起業家である平野未来さんは、お話をお聞きすると、お名前の通りしっかりと長い未来を見据えて自分の人生を選択していました。
かつての日本は序列が重要だった、つまり良い学校へ入学し、良い会社に入社して偉くなることが重要だった。しかし平野さんは電通に勤務して過剰労働で自殺した高橋まつりさんの事件を契機に、序列を追い求める働き方は変えねばならないと考えたそうです。
つまりお金や権威よりも、自分の感情に従って自分のやりたいことを発見し、自分の物語を追い求めて生きていくことが重要との意見です。
実際に30代、40代の年下の私の知人には、良い(と言われている)会社に入ったのに退社した人が何人かいます。退社の時には決まって両親に反対されそうです 笑
私に話してくれた知人たちは、序列だけを追い求める職業生活から、もっと多様性のある
人生を求めたと言っていました。
グラットン教授がイベントの冒頭で紹介していましたが、コロナ禍を契機にして、今は世界的に大量退職(Great Resignation)が起きているそうです。
パンデミックが、くすぶっていた変化のマグマを刺激して、現実の世界を大きく変えつつあるという認識を示していました。
100歳まであるかもしれない自分の長い人生を考えると、30代40代で精神を含めた健康を損ねてまで、特定の組織に所属したくない、もしくは60代70代に至るまで持続できないと考えるのは自然です。
スコット教授が強調していたのも健康を維持しながら長生きすることです。
70歳80歳になっても、目の前には数十年の時間があるのだから、やりたいことをやる時間は十分にある。しかしそのためには自分の生きがいを実現するに十分な健康が必要ということです。
グラットン教授が付け加えたのは、70歳で急に健康になるわけではない。それこそ若い時から健康に過ごすように意識を継続することが必要だと主張していました。
イベントの内容はもっともっと多岐にわたるので、ご興味のある方はライフシフト2をお読みください。
(私は話を聞いたので多分読まないと思いますが 笑)
このブログのタイトルが「定年男子のランとマネー」で、老後のお金と健康について
私の思うところを書いているのですが、今回のイベントを聞いて、もしかしたら私のブログは、
これからの時代に案外マッチしているのかな?と思いました。
錯覚かもしれませんが 笑