• 定年男子のランとマネー

6月23日、FP繋がりの4人で、近鉄飛鳥駅から談山神社まで歩いてきました。

談山神社は、西暦645年に大化の改新がおこった時の主人公である、中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原氏の始祖)が、蘇我氏打倒の密談を凝らしたところです。

飛鳥駅から、明日香村を通って、談山神社まで行ってみた4人の感想は;

「昔の人は足が達者で元気だったなあ」ということと、

「こんなところまで来て密談せねばならなかったんだ」の2点でした。

飛鳥駅に午前8時半に集合して、まず甘樫丘を目指して歩き出しました。

途中で、ランニングしている集団に出会いました。

ランナーの皆さんが着ていたTシャツには「フル百回楽走会」と書いてありました。

このTシャツはマラソン大会でよく見かけます。

10人超の人がいたので、練習会で走っていたのでしょうね。

中にはかなり高齢に見える方々もいて、熱心さに脱帽しました。

甘樫丘は、見晴らしの良い場所に、かつて蘇我氏が邸宅を構えて、明日香村にある大和朝廷(?)を見下ろしていたそうです。

毎日、丘の上から見下ろしていた蘇我氏は、きっと気持ちよかったと思いますが、見下ろされていた天皇家(の祖先)はご機嫌宜しくなかったでしょうね。

中大兄皇子が中臣鎌足を誘って、蘇我氏討滅の陰謀を企てたのも、理解できる気がします。

ベルギーから来たカップルに撮ってもらいました。

甘樫丘を過ぎると飛鳥寺でした。

ここは蘇我氏が建立したお寺で、近くに蘇我入鹿の首塚がありました。

首塚にカエル。田植えシーズンでカエルをよく見ました。

ここで一息入れて、岡寺を目指しました。

岡寺は、西国三十三番霊場の七番目で、とても落ち着いたお寺です。

4人はそれぞれ煩悩を忘れるために、撞木で梵鐘を打ちました。

岡寺から、石舞台を過ぎて、談山神社を目指しました。

ほぼ5キロの険しい山道でした。

少しお疲れ気味

途中で獣道のようなところに迷い込みながら、12時頃に漸く談山神社に到着しました。

ゴールは「多武峰観光ホテル」でした。

ところが、到着が予定より少し早かったので、先に談山神社を拝観することにしました。

十三重の塔を過ぎて、本殿に入ると、美しい山々の景色が広がりました。

秋にはさぞかし紅葉が綺麗でしょうね。

本殿を出て、中大兄皇子と中臣鎌足の密談場所を探すと

「談山(かたらいやま)まで250メートル:という表示がありました。

険しい山道を歩いてきた後には、少々きつかったのですが、せっかく来たからと登りだしました。

もう限界!!

そこそこな坂道をあるくと「密談場所」に着きました。

「今から1400年くらい昔に、よくここまで登ってきたなあ!」というのが全員の感想でした。

それから、鎌足の墓所である「御破裂山」まで歩いて、談山神社に戻りました。

ざっと山道を1キロかな?

トータルでは、明日香村も含めて大体13キロくらいの山歩きでしたね。

もういちどゴールの「多武峰観光ホテル」まで行ってお風呂に入って、4人で昼食にしました。

やっと落ち着きましたね

開口一番の話題は「次はどこに行きますか?」

この会の第一回は「山の辺の道」30キロ(JR三輪駅から東大寺大仏殿まで)で、二回目が今回でしたが、よほど楽しかったのか、早速3回目の話がでました(笑)

結局、夏は暑いし、子供たちの夏休みもあるので、秋に「アドベンチャー村」に行くことになりました。

お世話になった「多武峰観光ホテル」は歴史あるホテルで、与謝野晶子や司馬遼太郎なども宿泊しているようです。

お風呂をでたところの待合場所に、司馬遼太郎の「竜馬がいく」の揮毫が掛けてあったので、ご主人に聞くと「司馬さんが宿泊されたときにお願いして書いてもらった」とのことでした。

司馬遼太郎は、僕にとって大学のはるか先輩にあたるので懐かしい気持ちがしましたね。

昼食の席で、今日の山歩きや、次回のアドベンチャーの話をしていると、知らぬ間に時間は午後3時を過ぎてしまいました。

ホテルの方のご厚意で、車で桜井駅まで送っていただき、解散しました。



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