トレイルランニングを始めてから6年になりますが、標高1500メートル以上の山には登ったことがありませんでした。
理由は簡単、「高いところが苦手!」
まあ、でも一度くらいは高い山に登ってみたいなと思っていると、春先に旧友のNさんからお誘いがありました。
「夏山に行くけど参加する?」
「いつ頃にどの山へ?」
「お盆に槍ヶ岳」
僕の嫌いなものは2つあって、高い所と人混みです。(笑)
でもこの時は、僕の中で珍しく好奇心が勝利して「行く」と返事しました。(笑)
その時、学生時代に新田次郎の「槍ヶ岳開山」を読んだ時の、槍ヶ岳の大変さを思い出したので
「お盆の槍ヶ岳って混んでるし、登るのが大変だろう?
初めて山に登るのに大丈夫かな?」と相談してみました。
「大丈夫、大丈夫。ダラダラ歩いて、最後にちょっと岩場があるだけや」
素直な僕はNさんの言葉を鵜呑みにしてしまいました。(笑)
8月に入って、そろそろ事前準備を始めようかと、山に詳しいラン友数人に聞いてみました。
「えーっ!初めてで槍ヶ岳?大丈夫??」
「トレランシューズで登るなんとんでもない!登山靴で行きなさい」
「山頂は真冬で、雨が降ると凍えるから防寒具と雨具はしっかりしたものを
もっていかないとだめだ!」
(Nさんに聞いた話とだいぶ違うなあ)
それからガイドブック、地図、登山の本を買い込んで読み始め、槍ヶ岳登山のブログや情報を片っ端から読み込んで、
そこに書いてあるアドバイスに従って荷物作りを始めました。
書籍やブログには、楽しいこともいっぱい書かれていましたが、
それよりも山登りの準備やトラブル事例がそれこそ山のように書いてあります。
特に過去に成功体験がある60歳代男性の登山は「中高年の無謀な登山」になりやすいとまで書かれているのを見て、
かなり心配になってきました。
心配したまま荷造りしていると、結果的に35Lのリュックがパンパンになって、
重さは軽く10キロを超えてしまいました。
「こんなん担いで往復40キロもあるけるかなあ?」
「高山病になったらどうしよう?」
心配の種は尽きません。
そんなことをしているうちに8月17日の出発の日が近づいてきました。
丁度、いくつかの台風が日本に接近していたので、「いっそのこと台風で中止にならないかな」と考えていると、
台風たちは地図の上で(ゴルフで言うところの)スライスラインやフックラインを描いて見事に長野県から逸れていきました。
(コースタイム 4時間45分 標高差 320m)
当日は上高地に午前12時に集合なので、午前6時新大阪発の新幹線に乗りました。
奈良から早朝には行けないので前泊ですね。
午前4時過ぎにホテルの部屋で起床して準備を始めました。
一番の不安は登山靴でした。
多少は足慣らししましたが、こんな重たい靴を長時間履いたことが無いので不安でした。
補強する方法はないかな、と考えていて、
誰かがブログで事前にテーピングしたという投稿を思い出して早朝の5時から両足にテープを巻きました。
テーピングはサッカーをやるときなどに巻いていますが、自己流です。
足裏と足首を固定して、踵にも貼りました。これがあとで大失敗の原因になりました。
上高地で午前12時に首尾よくメンバーと会いました。
Nさんと彼の大学時代からの仲間であるTさん、Kさんです。
Tさんは昨年の六甲山縦走大会で会っていましたが、Kさんは初対面でした。
彼ら3人は大学卒業後も40年以上の付き合いで、年に数回はゴルフや飲み会や登山などを楽しんでいるそうです。
今風に言えば「オールドボーイズネットワーク」ですね。それもかなり強固なようでした。
3人は昼食を食べていないとか、帰りのバスの整理券を貰うとかで、結局出発は12時45分になりました。
(ガイドブックには、このコースでは午前11時には出てほしいと書かれていましたが)
3人の様子を見ると、Kさんはトレランシューズ、Nさんはトレランに近いシューズ、Tさんは古い登山靴でした。
しかも3人とも荷物が軽い!
しばらく一緒に歩いていましたが、河童橋を過ぎて明神池を過ぎるころに
「せっかく来たから明神池を見ようや」とKさんが道を曲げました。
(時間は大丈夫かな?)
僕は心配でしたが、リーダーのNさんもTさんも落ち着いたものなので
遠慮して黙っていました。
明神池を過ぎるころからNさん、Kさんの歩行スピードが上がりだしました。
僕は荷物が重いのと靴が不安で、3日間の体力配分を考えてゆっくり歩きました。
Tさんは僕に付き合ってゆっくり来てくれました。
Tさんは学生時代はヨット部に所属していました。
趣味が多彩で、ゴルフや登山のほかにバイクも乗るそうです。
「登山のためにトレーニングはしているのですか?」と聞くと
「一切していない」と答えたので、僕の心に一瞬不安がよぎりました。
今回の槍ヶ岳登山は、前回3人で行った山から槍ヶ岳が綺麗に見えたので
「次回は槍にしようや」
というノリで決まったらしく、僕の不安はますます増大しましたね。
それでも午後5時5分に槍沢ロッジに到着しました。
(歩行時間4時間16分 歩行距離 16.14キロ 高度上昇 418m Garminで計測)
(槍沢ロッジから槍の穂先が見えました)
すでに到着して待っていたNさん、Kさんが
「5時45分までに食堂で夕食や。それまでに風呂に入らなあかん。時間がない」
慌てて荷物を運び込んで、着替えを引っ張り出して風呂場へ行きました。
Nさんが「明神池に寄ってる場合やなかったな」とボソッと呟きました。
僕の心に不安の雲がまた広がってきました。
急いだので風呂にはテーピングをしたまま入りました。
部屋に入ってから濡れたテープを剥がしてみると、両足の踵に大きな靴擦れが出来ていました。
「うわ、痛そう!!」
と思わず他の3人が叫んだほどで、内出血をしていたみたいで
踵全体が真っ赤に腫れていました。
皮膚も剥がれて傷口が開いていました。
一瞬、このまま奈良県に帰ろうかなと思いましたが、仕方がないのでバンドエイドを貼って寝ようとしますが眠れません。
足裏も痛むし、翌日の登山本番(重い荷物を担いで1200m登る)を考えると心配でした。
最近妻から聞いた「劇場版コードブルー」の話を思い出して、
(途中で動けなくなったらドクターヘリかな?
靴擦れでドクターヘリ搬送は格好悪いなー)とか
(高山病は大丈夫かな?
頂上付近の槍ヶ岳山荘には慈恵医大の診療所があるそうだから、登れたら受診してみようかな)
などと考えだすと止まりません。
他の3人は気持ちよく眠っていますが、心配事を考え始めたらたら眠れません。
(でも後からGarminのライフログを見ると、睡眠時間は8時間で、そのうち
深い眠りが3時間半もあることになっていました 笑)
(コースタイム 5時間30分 標高差 1360m)
午前6時に槍沢ロッジを出発しました。
前日と同じくKさん、Nさんが先行して、すぐに見えなくなりました。
トレランシューズは軽い!荷物も軽いしね(笑)
後で聞くとKさんは槍ヶ岳山荘に午前8時40分(歩行時間2時間40分)に着いたそうです。
Nさんは9時40分ごろで、これも速い!
僕とTさんは「登山は一歩ずつ」を守ってゆっくりと上がっていきます。
僕は高山病が怖かったので、200m登るごとに小休止して水分や補給食を摂ることにしていました。
天気は快晴で、途中の景色も美しく、槍の穂先が見えたときは感激しました。
標高2600mくらいからは、100m登るごとに休憩をいれたので体調に全く問題なく山荘まで到着しました。
(歩行時間 4時間43分 距離 7.07キロ、高度上昇 1174m)
午前11時には4人が揃ったので、
「さて槍の穂先に登るか」ということになりました。
僕は高い所が嫌いなので遠慮しようかと思っていましたが、快晴かつほとんど無風という絶好の条件のもと、
またしても好奇心が勝利して
「行ってみるか」
と登ることにしました。
岩登りは、以前トレイルランのツアーで小野アルプスに行ったときに
「三点支持」の講習をうけたことを思い出したら難なく登れました。
頂上直前の梯子は長くて直立していました。
(登攀中のNさんとKさん。赤い服の2人です)
僕の前の11歳の少年が登るときに、丁度降りてきた中年のおじさんが
「少年!梯子は31段ある。一段ずつ数えながら登れ。そうすると怖くない。
下を見るな!」
とアドバイスしていました。
僕と一緒にいたTさんが
「それは好いアドバイスだ、俺もそれで登ろう」
と登ったそうです。(笑)
頂上は狭くて混雑していましたが、360度のパノラマは圧巻でした。
ひょっこりはんスタイルでもう一枚(笑)
浅間山、白馬三山、遠くに富士山も見えて絶景とはこのことを言うのだなと思いました。
頂上で写真を撮った後は下りです。
これは危ないし足場が良く見えないので怖い。
鎖場でクサリにつかまって降りていると、岩に近すぎたのか何回かヘルメットが岩に当たりました。
槍ヶ岳山荘で500円払ってヘルメットを借りたのですが価値はありましたね。(笑)
(所要時間 1時間17分 距離 0.75キロ 高度上昇 73m ほとんどが混雑のための待機時間)
さて、槍の穂先に登ってしまうと何もすることがありません。
こういう時に中高年男性グループがすることは
「ビールパーティ」です。
昼食のカレーを食べるときに生ビールを飲んで、それからアサヒビールのロング缶が(多分)12本。
山荘前のテラスからは、風もなく最高の天気のもと、アルプスの雲海が眺望できて素晴らしい眺めでした。
「銀座で飲むよりよっぽどええでー」Kさんは張り切って飲んでいました。
Kさんは学生時代に少林寺拳法部に所属していて、今も精悍な印象です。
マラソンでも過去はサブ4ランナーで、富士五湖ウルトラ117キロやハセツネカップを走ったこともあるそうです。
登山の他にスキューバダイビングが趣味で、伊豆や千葉の館山あたりで潜るそうです。
Nさんは学生時代にテニス部に所属していて、ゴルフも上手です。
今回の幹事役兼リーダーを務めてくれています。
高山のお酒は直ぐに酔うので注意するようにとガイドブックに書いてありましたが誰も気にする様子はありません。
(山荘にも掲示してありますけどね)
流石に飲めなくなったので、「トイレに行く」といって離席して、
そのあと慈恵医大の診療所に行ってきました。
中には医師が1人と女性の看護師が2名いました。
「どうされましたか?」
「靴擦れです」
「見せてください、うわー、痛そう!!」
2人の看護師さんが洗浄して消毒してくれました。
医師からは「応急手当しておくので下山したら外科に行ってください」と言われました。
診察は自由診療なので健康保険証は使えませんでしたが、
「初診料だけで結構ですよ。」
と言って頂いたので1000円だけ払ってきました。
(診療所の領収書とお守りの「無事カエル」君)
そのあとの痛みはマシになったし、翌日下山できたので、本当に助かりました。感謝ですね。
(コースタイム 7時間20分 標高差 1580m)
翌朝は午前4時ごろに起床して5時から朝食でした。
朝食後に山荘の外で見た朝焼けは綺麗でした。
(少しだけ雪渓が残っていました)
(遠くに富士山も見えました)
3人は「よく眠れなかった」と口々に言いましたが、
僕こそ眠れなくて3人が鼾をかいて眠っているのを一晩中聞いていました。
(Garminで計測すると、僕の睡眠時価は7時間28分でそのうち深い眠りは1時間16分になっていました。
なんだかんだ言っても、いくらかは寝ているみたいです 笑)
因みに高度3000mでは心拍数が平地より15程度上昇していました。
鼓動が高まって少し興奮している状態になるので眠りにくいのでしょうね。
午前6時に出発しました。
(向かって左からNさん、Kさん、Tさん、僕です)
例によってKさん、Nさんが先行して下っていきました。
山頂から槍沢ロッジまでの道の殆どはガレ場です。
直径30~50センチくらいの石が無数に置かれていて道を作っています。
浮石もあるので足を捻ると捻挫です。
僕とTさんは慎重に下りて行きました。
この3日間を通して風もなく太陽が燦燦と輝いて暑くてかなり汗をかきましたね。
半そでの登山ウェアだったので腕が陽に焼けました。
日焼け止めを塗りましたが汗ですぐに流れてしまったようです。
槍沢ロッジまで来ると2人が待っていてくれました。
(歩行時間 2時間53分 距離 6.11キロ、高度下降 1205m)
ここでTさんが左膝痛、Nさんが両膝の痛みを訴えました。
そこで、ここからは4人で隊列を組んで下っていくことにしました。
ピンチにすぐに纏まるのは、気持が通じ合って信頼関係が強いからですね。
先頭が元気なKさん、2番手がNさん、3番手が僕で最後がTさんでした。
Kさんは飛ばさずに、時々後ろを振り返って他の人の様子を確かめながら歩いて行きました。
二の俣、一の俣を過ぎて横尾まで来ると、そこから上高地までほとんど平坦な道に変わります。
膝痛には下りが堪えるのでNさんとTさんはほっとしたようです。
残る問題は、東京組の3人は速い下りを想定して午後2時半に上高地を出発するバスを予約していたため、
午後2時15分にはバス停にいなくてはなりません。
しかもバスに乗る前にホテルで風呂に入りたいということで、
ホテルに午後1時前についてゆっくり風呂に入って
午後2時にバスターミナルにいくというドリームプランが計画されていました。
(ガイドブックではハイシーズンの風呂は一杯で、時間がかかると書いてあったのですが、3人は楽観的でした)
時間に間に合わせるためにKさんと僕が先頭になって、速歩で引っ張っていくことになりました。
このころになって、僕は漸く荷物の重さと登山靴に慣れてきたので横尾から徳澤、明神と快調に歩いて行きました。
踵は少し痛みますが、治療してもらったおかげで何とか歩けそうでした。
僕たちの後を、二人は必死で付いて来たようです。
途中でKさんと話す機会がありました。
Kさんは60歳超ですが、2年前に勤務先を退職して、一念発起して一年間専門学校に通って社会福祉士の資格を取って、
現在は地方公務員として主に生活保護受給者のお世話をしているそうです。
「還暦を過ぎて新しい環境にチャレンジするとは素晴らしいですね」
「いやー、わからんことばかりで、一から教えてもらわないとあかんし、仕事はどんどん増えるしで、思っていたより相当大変です」
などと言いながら、元気に歩いていきます。
僕も今のバイト先で、知らないことや分からないことを教えてもらっているので、Kさんの気持ちは少しくらいわかります。
でも還暦を過ぎて、職場や自宅でやることが無くて燻っているより余程素晴らしいと思いますよ、Kさん。
そんな話をしながら河童橋に着いたので、ここで2人を待つことにしました。
(河童橋からの風景)
(歩行時間 3時間25分 距離 14.4キロ 高度下降 393m)
直ぐに2人も追いついてきました。午後1時前でした。
「余裕で風呂に行けるで」
河童橋を渡ってホテルに向かいました。
案の定というべきか、ホテルの風呂は満杯でした。
ホテルを午後2時前に出ないとバスに間に合わないのに、ホテルの従業員に
「一時間待ちです」
と脅されて3人は浮かぬ顔でした。
午後1時半過ぎに漸く順番が回ってきて風呂に入りました。
僕は靴擦れがあるのでシャワーだけにしましたが、汚れ切った身体と頭を洗ったので実にさっぱりしました。
(槍ヶ岳では環境への配慮のため、石鹸・歯磨き粉などは禁止でした)
風呂に入って時間を見ると午後2時前でした。
4人で荷物を担いで上高地バスターミナルへ向かい3人を見送りました。
3人は9月の初めに白馬三山を縦走の予定と言っていました。
本当に仲の良い友達ですね。
膝痛に気をつけて頑張ってください。
楽しい山登りに呼んで頂いて、本当にありがとうございました。