ランナーに関する小説を読む必要が生じたので、黒木亮の「冬の喝采」を読了しました。
この小説は2007年から2008年にかけて小説現代に連載されたものです。
この本では黒木亮自身が、本名の金山雅之という、早稲田大学競走部で箱根駅伝を走ったランナーとして登場します。一種の自伝ですね。
ご本人が中学生時代からの、大学ノート8冊に及ぶ詳細な練習日誌を元に執筆されているだけに、練習内容や細部にわたる大会の描写など臨場感が溢れています。
僕が「冬の喝采」を選んだ理由の一つは、作者自身がランナーなので、ランナーの内面が書かれていると思ったことですが、もう一つの理由は、金山さんとは少しですがご縁があったからです。
彼が大学卒業後に就職した銀行に、僕も一年前に入社していました。
同じく国際金融分野にいたので、1980年代後半に、ロンドンか東京で一度お会いしたことがあります。あとで銀行の派遣制度を使って、エジプトのカイロ大学に留学したひとで、個性的な視点を持っていると聞きました。
その後、彼は1994年ごろに銀行を退職して、最終的に作家になりました。現在は英国在住と聞いています。
「冬の喝采」を読んで、心に残ったフレーズが二つあります。
一つ目は、「スポーツは遺伝だ」。
どのスポーツでも、その国のトップで競り合う程の才能は、親からもらっているという意味です。
同じく実の親から「速く走る足」「強い心肺」を受け継いだ金山さんが、「冬の喝采」に何度も登場する、同じ競走部の瀬古利彦にどうしてもかなわないと思ったときの言葉です。
もう一つは、「陸上競技の喜びは、自己記録を更新して、チャンピオンシップを獲得することだ」。
これは、高校1年で足を怪我して、大学2年くらいまで、充分練習ができなくて大会にも参加できなかった金山さんの悔しい気持ちを現わす言葉です。
早稲田大学競走部時代の彼の練習日誌を見ると、月間で700キロ近い距離を踏んでいます。時速12~18キロで走るスピード練習を「走」と記録し、時速10~12キロを「ジョグ」と記して、朝練も含めて殆ど毎日繰り返しています。
体重管理も過酷です。
ベスト体重の維持のために「空腹を我慢して寝る」とか「水を飲まないようにする」などの記述が良く出てきます。食事はともかく水を我慢することは、現在では考えられませんが。
競走部の中村清監督との激しい葛藤も驚きです。
監督へは表面は絶対服従していますが、内面は反発だらけです。銀行時代に個性的と評された金山さんの顔が思い浮かびます。
読んでいると彼の5000メートルの記録が何度も出てきます。大体15分10秒程度のようです。(ベストは15分2秒)
対抗心があるわけではありませんが、読んでいるうちに走って見たくなって、自宅の周囲を約5キロ走って見ました。
4.85キロ、27分20秒、キロ当たり5分37秒、。平均心拍数132
元より、40年前とはいえ、才能ある学生のトップランナーと63歳の一般市民ランナー(才能なし)を比較できませんが、脳裏に金山さんを想い浮かべながら走るといつもよりスピードが出ました。アドレナリンの関係でしょうか(笑)
まあそれでも金山さんの半分くらいのスピードですね。(笑)
僕がランニングを始めたのは、アメリカで不良債権処理を担当していてストレスが溜まったときに、同じチームのアメリカ人に3.5キロのファンランに誘ってもらったのが切っ掛けです。
それまでは、金山さんのようにランニングは「自己記録更新」「優勝」が目標だと思っていて、
嫌いだったしやりたくもなかったのですが、「アメリカ人は走ること自体を楽しんでいる」ということがとても新鮮でした。
そのあと、いくつかの大会に出ましたが、参加者は楽しそうです。
乳母車を押した若い母親に笑いながら抜かれ、大学生が集団でフラッグを掲げて雄叫びを上げながら走っているのを見ると、日本へ帰っても「走ること自体が楽しい」ランニングを続けようと思いました。
それから20年以上走っています。
いつか、「鈍足市民ランナー」か「鈍足トレイルランナー」の小説にチャレンジしてみたいと密かに考えています。(笑)